西夏と年号 その7
李元昊時代の年号 5
李元昊時代最初の年号として1032年から使われた顕道というのがあり、これは宋の年号明道に対して「明」を「顕」で置き換えたもということを前回説明した。今回は、この顕道がいつまで使われていたかという話。
まず、宋の年号明道について。『続資治通鑑長編』の巻第113、明道2年(1033)年12月25日に、新年から年号を景祐に改元するという詔を出したことが書かれている。宋では、明道は1033年の12月末までで、1034年の正月元旦からは景祐元年に代わっている。
西夏では、顕道の次の年号に景祐を使ったとする資料は今のところ無いので、次は開運ということになる。以前触れたように、開運は1034年の内でひと月ほど使われた年号だ。顕道がいつまで使われたのか、つまり開運がいつから使われたのか。細かい話なのだが、年頭から開運なら顕道は2年まで、そうでなければ3年までというとになるので、その違いには答えを出しておきたい。
開運への改元について、『続資治通鑑長編』の巻第115、景祐元(1034)年10月の記事の中に次のように記されている。
趙元昊自襲封,(中略)是歳春,始寇西邊,殺掠居人,下詔約束之。居國中,益僭竊,私改元曰開運。既逾月,人告以石晉敗亡年號也,乃更廣運。(以下略)また、『宋史 夏国伝』には次のように記されている。
景祐元年,遂攻環慶路,殺掠居人,下詔約束之。是歳,改元開運,(以下略)つまり、どちらにも改元時期については明記されず、しかもこれだけでは年頭かどうか肯定も否定もできない。
開運への改元がいつなのか、今のところ年頭ではない、つまり顕道には3年があったと見るのが主流のようで、多くの著書に見られる。さらに『中国歴史紀年表』を初めとして、改元を7月のことと書いたものが見られる。しかし、自分の手元にある資料を見る限りそれらの理由を書いてあるのは、李華瑞氏の『西夏紀年綜考』(宋夏史研究に収録/天津古籍出版社 2006年)のみ。
李華瑞氏は、『中国歴史紀年表』の中に7月とあることについて、上記『続資治通鑑長編』巻第115の記事を引用して「根拠はおおよそこれだろう」と書いている。以前に書いたように、開運への改元の翌月に広運と再改元されている。上記『続資治通鑑長編』の記事が10月のことだから、9月までに開運へ改元されたことになる。また、改元の前に「是歳春,始寇西邊,」とあるので、少なくとも改元は年頭ではないとも言えそうだ。しかし、これだけでは7月とはならないだろう。
次に、上記引用の『宋史 夏国伝』の「遂攻環慶路」について。この事件は、『続資治通鑑長編』巻第115の景祐元年7月に記されている「趙元昊率萬餘衆來寇」に対応すると推測することは十分に可能と思う。すると、その次に記された「改元開運」はそれ以降のこととも思われる。しかし、その前に「是歳」と書かれているので、この記事が時系列順に書かれているとは断定できないと自分は考える。
なお、『西夏紀』と『西夏書事』(下記参照)は、いずれも「春正月改元」としている。この点について、李華瑞氏は同じ論考の中で「時間の推理に誤りがある」と書いている。自分としては、誤りとまでは言えないものの、上に書い理由から年頭ではないとするほうがより妥当と考えたい。
ちなみに、李華瑞氏の『西夏紀年綜考』では上記のように考察されているものの、纏めの年表の中では明らかなものも含めて改元月を書いていない。自分も、李華瑞氏と同じように改元月を明記しないのが今の時点では穏当と考えているので、これからも年頭での改元を除いて月にはあまり触れない。
最後にもう少し顕道と1034年という年について考察を加える。前回、岩崎力氏が「顕道の年号を採用して公然と宋に対抗する姿勢を明らかにした」とした点に疑問が残ると書いたが、この感想は今も変わっていない。顕道は、宋に従うとも従わないともとれる中途半端な年号で、宋への対決姿勢を鮮明にしたのは開運への改元がより意義が大きいと考えている。『宋史 夏国伝』『続資治通鑑長編』を読む限り、西夏と宋の紛争は1034年から再開されている。李元昊は、宋への侵攻の結果として自信を深めた上で開運と改元した、というシナリオが描けるように思う。その意味で、李元昊の時代の最初の画期は1032年ではなくて1034年で良いのではないだろうか。
以上でかなり長くなったが李元昊時代の話を終える。これまでの西夏、もとい成果は以下のようになる。
顕道:1032年〜1034年、3年
開運:1034年、1年
広運:1034年〜1036年、3年
大慶:1036年〜1038年、3年
天授礼法延祚:1038年〜1048年、11年
<備考>
『西夏紀』は、戴錫章編撰/1924年、自分が持っているのは寧夏人民出版社1988年出版のもの。
『西夏書事』は、呉廣成撰/清道光年間、自分が持っているのは江蘇廣陵古籍刻印社1991年?出版のもの。
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