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2008年12月18日

1995年アジア紀行〈青河〉

 中国新疆ウイグル自治区、天山山脈の北に広がるジュンガル盆地。古来遊牧民が行き来した地は、1990年代はじめまで外国人には限定的にしか開かれていない場所だった。大幅に開放が進んだのは、90年代の半ばになってから。盆地の東南から東北にかけてが開放されたのもその頃だった。北京を離れた頃から、内モンゴル草原の次にはアルタイ山脈を見に行こうと決めていたが、開放されたばかりの街はどんなところだろうという好奇心もあって、盆地を一回りしてみた。

 ウルムチを出てから、いくつかの街に寄り道しながら反時計回りに盆地を巡り、東寄りを縦断して入った街が青河だった。青格里河が流れ出るアルタイ山脈の内懐にある街、という地図を見て読み取れる以上の情報は無く、どんな所なのか、ホテルや食堂はあるのかも分からなかった。ある種の好奇心がくすぐられる様な、それだけの理由でバスで一日をかけて乾燥した盆地を北へ越えた。青河に滞在したのは、7月29日から8月1日の4日間。


 青河近代の歴史は、阿勒泰とともにあった。清朝の時代は外モンゴルに所属していたが、20世紀の初頭になってから阿勒泰と一緒に新疆へ所属変えされた。県が置かれたのは、20世紀も半ばになってからのこと。


 当時の中国のガイドブックには、阿勒泰の街中で馬に乗った人が見られるようなことが書いてあったと記憶している。しかし、自分が阿勒泰に滞在した数日、馬にお目にかかることはなく、大きな街へと変貌している途中という雰囲気で、会えるとも思えなかった。

 一方で青河はまだ長閑で、街中にまともな舗装道路はなく、街を南に少し外れたところで馬に乗っている人をみかけた。あれから13年、GoogleMapを見るとそれほど変わっていないようにも見えるが、どうなっているだろう。


 街のすぐ北側に小高い山がある。頂上から街を一望したのがこの写真。左を流れているのが青格里河。

 情報がなかったとはいえ、さほど心配していなかったのだが、宿は外国人に開放されたばかりの招待所で中国人と同室だった。また、地元民御用達の食堂の他に真新しいレストランがあり、暇そうな店員が愛想良く応対してくれた。


 頂上から北東方向を遠望したところ。アルタイ山脈に連なる山並みがどこまでも続いている。雲の向こう側はモンゴル国。


 青河は今でも牧民の土地のようだ。川沿いが緑なのに比べて山肌はどこまでも荒涼としていたが、僅かな草を羊が食んでいた。


 青格里河畔での洗濯?風景。この長閑さがどのくらい変わっているだろう。


<参考>
 新疆維吾尓自治区地図冊(成都地図出版社 1994年)


<Google Map>
 1995年アジア紀行参考地図

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