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2008年12月 7日

ロンダ

 ジブラルタルを観光した翌日の早朝、スペインへ来てから初めての列車に乗ってアルヘシラスを後にグラナダへ向かった。発車は8時半。のんびりした旅者だから早朝というわけではなく、中央ヨーロッパ時間を採用している上にサマータイム中。実際の太陽時間とは2時間以上差があるので、本当に早朝で薄暗く静まり返っていた。

 アルヘシラスからグラナダへ。何をつかってどの道を移動するかはかなり悩んだ。マラガを経由して、地中海沿いをバスで東へという案も魅力的だった。結局ガイドブックの案内に惹かれて、シエラネバダ山脈中を走る列車に乗って、ロンダで途中下車することになった。ロンダでの列車の乗り継ぎが4時間と小さな街を散策するには程よい。


 シエラネバダ山脈西部、標高800メートル近いなだらかな丘陵地帯の中腹といった位置にあるロンダ。新市街の南にある小さな旧市街は、四方を崖に囲まれた正に絵に描いた様な城塞都市。今も城壁が残る街は、南北に600メートル、東西が300メートルと、城塞としてかなり実用的な大きさにみえる。アンダルシアの街らしく、白い壁、重厚な造りの教会堂にイスラム文化の名残と少しの散策というには贅沢なほど。

 ジブラルタル海峡から、アンダルシアの中心だったコルドバへ抜けるルート上だったという要衝の街で、ローマ時代以前から拓けていたという。イスラム時代にも強固な城塞として鳴らし、カスティリア王国に降ったのもグラナダに先立つ僅か数年前のこと。


 街の北、新市街と旧市街を分けるグアダレヴィン川にかかるヌエボ橋は、街のシンボルでもある。100メートル下の谷底から40年かけて石を積み上げて作ったのだという。18世紀のもので、城塞に頑丈な橋という意味では、むしろ平和な時代のシンボルということだろうか。


 街を取り巻く崖は、谷に面した北から西にかけてはほぼ垂直で高さも半端ではない。写真は、橋の近くから西側を見たところ。この垂直な様はあっけにとられるほどだが、「天空の城が・・・」と形容すると少し大袈裟だろうか。


 街中にある一番大きな建物が、この聖マリア=ラ=マヨール教会。モスクの跡に建てられたものとのこと。


 イスラム時代のものもいろいろ残っている。写真は、街の北東、川沿いに下った所にあるアラブ浴場の跡。


 イスラム時代の有力者の館を改装したものというモンドラゴン邸。表は重厚な石の壁だが、反対側から見れば奇麗な白壁の建物で、小さな中庭や断崖に面した庭園がある。建物全体が、博物館として公開されている。


 展示コーナーには、手作り感のあるジオラマや人形が並べられ、ロンダの歴史を解説していた。意外に見応えが有り、楽しかった。


<参考>
 アンダルシア散策(Edilux 2003年)
 ロンダを紹介している個人サイト RONDA


 Googleのマイマップ2008年秋 スペインの旅 ロンダへ、この他にも写真を載せています。

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