« 1995年アジア紀行〈バム〉 | トップページ | リニア中央新幹線 2009年1月の動き »

2009年2月 8日

1995年アジア紀行〈アーグラ〉

 日本人に最も馴染みのあるインドの建造物というと、数あるヒンドゥー教縁の寺院やラージャに関わる宮殿、あるいはイギリス植民地時代に関わるモノなどなどを差し置いて、タージ=マハルが挙げられるのではと思う。まして、そのイスラム教系の霊廟がある街の名前も、廟の名前に比べればはるかに知られていないだろう。

 かく言う自分は、アーグラの名前こそ知っていたものの、タージ=マハルは是非見なくてはと思い定めていたものの一つだった。ムガル帝国第5代皇帝シャー=ジャハーンに縁のこの廟についてはあまりに著名でもあり、その歴史についてはばっさりと割愛して自分が見て来たものだけを簡単に紹介したい。


 タージマ=ハルを見物すべく、南インドを回り終えてデリーに戻る前にアーグラに立ち寄ったのは、96年の2月26日から28日のこと。ホテルに荷物を置いて早々に霊廟に出かけた。月曜という曜日も関係無しということか、多くの見物客で賑わっていた。

 名所の常として、期待を必要以上に膨らませることは実見の際に裏切りに繋がることが多いものの、ことタージ=マハルに関して自分はそれでも期待以上という感想だった。


 霊廟には広い前庭が広がる。正面に続く水を讃えた噴水をセットにした真正面からの写真が一番有名かと思うが、自分が行った時にはなぜか水が張られておらず、正面からでは絵にならなかった。

 少し離れた前庭の中程から眺めると、本体と同様に大理石で飾られた土台の上と下に並ぶ人達がとても小さく、廟の大きさが見て取れる。これくらい離れてみるのが自分にはちょうど良かった。


 霊廟は、中はもとより周囲を歩くこともできる。間近で見上げるとその大きさに圧倒された。


 タージ=マハルに入った時点で3時を少し回った頃だったが、どれほど眺めていても飽きることが無かった。建物の周囲を巡り眺めた後、もとの芝生の上に戻り何するでも眺めていた。純白の壁が夕日に赤く染まる姿は、特に思い出として残っている。



 アーグラにはもうひとつの見どころ、同じムガール帝国時代の遺産、アーグラ=フォートがある。城塞は、タージマハルの西2kmほど、ヤムナー川に面してその威容を残している。入場出来る場所が限られていたものの、宮殿群は十分に楽しませてくれた。

 写真中程には、タージ=マハルと同じように大理石の白い壁が続いている。シャー=ジャハーンが晩年に幽閉されたのがこの一角といわれ、そこからはタージ=マハルの全景を望むことができる。


 こちらは、シャー=ジャハーンよりも古い時代に創建されたという赤砂岩で築かれた宮殿。白い宮殿にくらべてやや荒廃しているものの、対照的な赤色が印象的で人が少ない分静か。かつて皇帝が立ったかもしれない場所に座って、歴史に思いを馳せるには居心地の良い場所だった。


<参考>
 神谷武夫とインドの建築

<Google May Map>
 1995年アジア紀行参考地図

|

« 1995年アジア紀行〈バム〉 | トップページ | リニア中央新幹線 2009年1月の動き »

1995年アジア紀行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/162739/43997874

この記事へのトラックバック一覧です: 1995年アジア紀行〈アーグラ〉:

« 1995年アジア紀行〈バム〉 | トップページ | リニア中央新幹線 2009年1月の動き »