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2009年5月10日

アルハンブラ その1

 アルハンブラ宮殿を3回に分けて紹介するその1回目。

 東西におよそ800mに渡って広がるアルハンブラ宮殿は、城壁に囲まれた主体部分とその東側、小さな谷を隔てた山の中腹に広がる庭園ヘネラリッフェに分けられる。

 主体部には、城塞や宮殿、教会が建ち並び、東側半分は緑色濃い庭園。アルハンブラ観光の中でも特に目玉となっているのが、主体部の中央北側に建ち並ぶナスル朝宮殿と称される宮殿群。そのナスル朝宮殿は次回として、今回は主体部のそれ以外の部分についての話。


 宮殿観光のため、8時前にチケット売り場へ出かけたところすでに長蛇の列だった。ちなみに、中央ヨーロッパ時間を採用し、さらに夏時間の最中だったスペインでは実際の太陽時間とは2時間以上の差があるので、8時はまだ陽射しも弱い早朝になる。

 1時間経ってやっと入場を果たした。ナスル朝宮殿が10時30分からの指定だったので、その前にアルカサーバを見て歩き、宮殿を出てから庭園を見て回るという順番となった。



 主体部の東にある入り口から宮殿群へむかって続くセカーノの散策道。刈り込まれた糸杉の並木が続く。


 主体部のほぼ中央に広がるパルタルの庭園。池の向こうにあるのが貴婦人の塔


 セカーノの散策道の先、カルロス5世宮殿へと続くメインストリート。右に聖マリア教会が見えている。


 カスティーリャ王国併合後に建てられたカルロス5世宮殿。イスラム建築群の中にあって、正方形の厳つい外観と円形の広い中庭の組み合わせは、アルハンブラ宮殿の中では異質さが際立っている。イスラム教徒の反乱などのために完成をみなかったといい、中は宮殿というにはガランとしたただの空間といった感じ。一部が博物館として利用されている。


 主体部の西端には、城壁に囲まれた城塞アルカサーバがある。アルハンブラ宮殿の中でも9世紀に遡るという古い歴史を持つ。

 写真は、そのアルカサーバの奥に聳えるベラの塔。アルハンブラ宮殿の中で最も西にある塔で眺めの良さは随一。


 そのベラの塔から北西方向の眺め。宮殿下の繁華街から遠くにはグラナダ駅が見えるなど現代グラナダ市街中心部の街並が続く。


<参考>
 アンダルシア散策(Edilux 2003年)

 Googleのマイマップ2008年秋 スペインの旅 グラナダへ、この他にも写真を載せています。

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2009年5月 9日

山陽路を西へ

 連休を利用して、岡山県から広島県にかけてのエリアを歩いて来た。ここ数年は、レンタカーを借りて走り回ることが多かったが、今年は1000円騒動がなんとも煩わしかったので電車、バスを利用した。特に長時間立たされる訳でもなく、指定券が無くても困らなかったのも影響なのだろうか。

 このエリアについては、今まで九州と関西の間で通過するだけの場所で、未訪のまま放ったらかしにしていた。穴を埋めようという所から始まったのだが、訪ねてみれば面白い所はもちろんいっぱいある。

 駅やバス停に降りた後は、文字通りせっせと歩いて回った。最近は運動不足を感じていて、山城攻略の時には予想通り上りでかなり顎が出たものの、帰宅してそれほど疲れが残らなかったのは、まだまだ取り返しが効くということだろうか。


 攻略した城は、順に備中高松城、備中松山城、鞆城、福山城、新高山城、三原城の6つ。戦国時代と江戸時代がチャンポンである。

 写真は、三大山城のひとつで、3つの中で唯一天守が現存している備中松山城。


 本格的な山城としては、備中松山城と写真の新高山城の2つに登った。どちらも半日がかりで登りでのある山城だった。

 各城については、稿をあらためて紹介する予定。


 長年海から遠い所に住んでいるので、海が見えるというだけで非日常的に楽しくなる。雨に見舞われたわけではないものの、雲の多い毎日で奇麗な海の写真がほとんど撮れなかったのが少し心残り。

 写真は、二本の橋が跨いでいる夕暮れの尾道水道と渡し船。


 こちらは、福山市南部、歴史的な港町として知られる鞆。狭い路地が続く雰囲気のある街並は、のんびりと歩くのにちょうど良い。さすがに観光客は多かったものの、巡り歩くのに困るというほどではなかった。


 去年の北陸路では、桜や芝桜が目を楽しませてくれたが、桜は一部に里桜が残っているだけだった。かわりに色とりどりの躑躅が庭園や公園ばかりでなく、山でも道端でも楽しめた。


 木々の緑も京都に比べても新緑を少し過ぎた初夏という趣きだったが、日を透かして見る楠木は花も開いていて奇麗な緑色を見せていた。尾道というと寺巡りがルートになっているが、自分には所々にある神社の境内にある楠木が記憶に残った。

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2009年5月 1日

1995年アジア紀行〈バラナシ〉

 インド最大のヒンドゥー教の聖地として知られるバラナシ。ガンジス川に臨む街は、度々ドキュメンタリー番組に取り上げられたので、「聖地」として覚えておられる方は多いだろうか。聖地としてばかりでなく、北インドのほぼ中央にあってネパールへ向かうバスの出発点でもあることから、巡礼者ばかりでなく多くの旅人が立ち寄る街でもある。

 10月の初めにインドへ入った後、寒さが厳しくなる前にネパールへ向かうことを予定していたので、首都デリーでネパールのビザを取得してから早々にバラナシへ入った。夜行列車で一晩、早朝のバラナシへ着いたのは10月8日のこと。一週間ほどでネパールのカトマンズへ向かう予定でいたものの、体調を少し崩したこともあって20日までの長逗留となった。

 長く滞在したわりには、この街ではほとんど何もしなかった。中国やパキスタンで出会った友だちと再会して一緒に食事に出たり、思いついたようにガンジス川沿いを散歩した程度で、手紙を書いたり本を読んだりとのんびりと過ごした。著名なガート周辺にはカメラを向けることもなく、おかげでバラナシで撮った写真はビックリするくらい少ない。



 バラナシで撮った数少ない一枚。巡礼者が集まるガートから川沿い小一時間上流へ歩いた辺り。下流を振り返ると街が霞んで見えた。


 その周りにも水浴場や火葬場があり煙りが上がっていたが、この日一番の沐浴者は水牛の群だった。


 その水牛の群の番をしていた少年。帰国した96年の翌年が丑年だったことから、この写真を年賀状に使ったみた。


<Google May Map>
 1995年アジア紀行参考地図

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