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2009年5月 9日

山陽路を西へ

 連休を利用して、岡山県から広島県にかけてのエリアを歩いて来た。ここ数年は、レンタカーを借りて走り回ることが多かったが、今年は1000円騒動がなんとも煩わしかったので電車、バスを利用した。特に長時間立たされる訳でもなく、指定券が無くても困らなかったのも影響なのだろうか。

 このエリアについては、今まで九州と関西の間で通過するだけの場所で、未訪のまま放ったらかしにしていた。穴を埋めようという所から始まったのだが、訪ねてみれば面白い所はもちろんいっぱいある。

 駅やバス停に降りた後は、文字通りせっせと歩いて回った。最近は運動不足を感じていて、山城攻略の時には予想通り上りでかなり顎が出たものの、帰宅してそれほど疲れが残らなかったのは、まだまだ取り返しが効くということだろうか。


 攻略した城は、順に備中高松城、備中松山城、鞆城、福山城、新高山城、三原城の6つ。戦国時代と江戸時代がチャンポンである。

 写真は、三大山城のひとつで、3つの中で唯一天守が現存している備中松山城。


 本格的な山城としては、備中松山城と写真の新高山城の2つに登った。どちらも半日がかりで登りでのある山城だった。

 各城については、稿をあらためて紹介する予定。


 長年海から遠い所に住んでいるので、海が見えるというだけで非日常的に楽しくなる。雨に見舞われたわけではないものの、雲の多い毎日で奇麗な海の写真がほとんど撮れなかったのが少し心残り。

 写真は、二本の橋が跨いでいる夕暮れの尾道水道と渡し船。


 こちらは、福山市南部、歴史的な港町として知られる鞆。狭い路地が続く雰囲気のある街並は、のんびりと歩くのにちょうど良い。さすがに観光客は多かったものの、巡り歩くのに困るというほどではなかった。


 去年の北陸路では、桜や芝桜が目を楽しませてくれたが、桜は一部に里桜が残っているだけだった。かわりに色とりどりの躑躅が庭園や公園ばかりでなく、山でも道端でも楽しめた。


 木々の緑も京都に比べても新緑を少し過ぎた初夏という趣きだったが、日を透かして見る楠木は花も開いていて奇麗な緑色を見せていた。尾道というと寺巡りがルートになっているが、自分には所々にある神社の境内にある楠木が記憶に残った。

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