今週のシュトヘルより「仏塔」
アップが遅れたが、今週発売号に掲載されたシュトヘルの話題をひとつ。
今号の2ページ目では、見開きでモンゴル軍の入城と略奪、破壊を被る西夏の都興慶府が大きく描かれている。第一印象として、ネパールの首都カトマンズの旧市街を思い出してしまった。果たして何を参考に描かれているのだろう。
このページの中央奥に仏塔ではないかと思しき塔が描かれている。低層部分が手前の建物に隠されているため、何層あるかはわからないが、街の中ほどの4、5層建ての一般建物の上に4層ほどが描かれている。
興慶府は現在の銀川市興慶区に位置する旧市街地に広がっていたとされている。その旧市街には、今もひとつの仏塔が建っている。それが、左の写真に見える塔、承天寺塔だ。『西夏遺跡』(牛達生著 文物出版社/2007年)など西夏関連の史跡について解説したものによると、承天寺は西夏の有力氏族没蔵氏によって1050年ころ創建されたものという。
しかしながら、承天寺は西夏時代以降争乱や災害に見舞われて廃墟となり何度か再建されたという。今に残る建物は承天寺塔のみで、その敷地には今は寺院ではなく寧夏博物館が建っている。また、その塔も往時のままではなくて1820年の重建という。ただし、その形が宋の時代に流行した八角塔であることなど、往時の形状を残している可能性もあるとのこと。
上記のシュトヘルに描かれている塔は四角形をしているので承天寺塔ではない。しかし、最上層に丸窓があり、それよりも下層に馬蹄形の窓が描かれている点が承天寺塔と似ているので、参考に使って違うものを描いたということかもしれない。
物語の方は、一巡してスタート地点に戻ってきた。次回からはどんな展開になるのだろう。
<Google May Map>
シュトヘル 参考地図 承天寺塔
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コメント
出張が重なり、遅れて目を通すことになりました>スピリッツ
件の仏塔の塔頂は、黒水城城壁角の仏塔にも似てますね!
私も承天寺塔は何度が訪れました。
周辺にはどんどん高層建築が増えているので、空を背景に撮影するのがこれからは難しくなるかもしれませんね。
投稿: 某研究会会長 | 2010年3月13日 12時30分
某研究会会長さん
こんばんわ
私が銀川を訪れてから早5年
今の中国では十分に変化がある時間とは思いますが
なかなか想像ができません
いったいどれおどの変化があるものか
これくらいの素人写真でも貴重になるのでしたら
それはそれで意味があるかもしれませんが(笑
再来週はお世話になります
投稿: 武藤 臼 | 2010年3月13日 20時55分