2012年9月 9日

中国西北部鉄道事情 つまみ食い

最近の中国の鉄道ニュースというと、なにかと話題を振りまいた中国版新幹線に目を奪われていたが、甘粛や新疆に興味深い新線が開通している。ちょっと古いネタも含まれているが、Google Mapを駆って眺めてみた。


精伊霍線

3年前、2009年の11月に新疆天山北路の精河とイリ河沿いの要衝伊寧を結ぶ精伊霍線が開通した(鉄路網 2009-11-20 )。天山北路とイリ河畔の間には天山山脈の支脈ボロホロ山脈が横たわる。1995年に旅した時、ウルムチと伊寧を結ぶ長距離バスはサイラム湖畔の峠を越えるルートを走ったが、新しい鉄路はどこを走っているか。

Google Mapに見られるルートに色を乗せたのが以下の地図。大胆に人跡の少ないエリアを抜けるルートは、Ωカーブと長いトンネルを使い苦労して越えているように見える。車窓からはどんな風景が広がっているか。列車の時刻を検索してみると(旅情中国)、このルートを走る列車はウルムチと伊寧を結ぶ夜行急行が2往復のみ。山懐を抜ける時間は、上りが深夜、下りが早朝になる。


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奎北線

新疆に新線がもう一本。ウルムチの西の奎屯と新疆北部の中心アルタイの少し南の北屯とを結ぶのが、昨年開通した奎北線(人民網日本語版)。1995年にほぼ同じルートを北から南へ夜行バスで抜けた。闇夜に浮かび上がったカラマイ油田の幻想的な炎を記憶している。このルートを一日一本走る急行も夜行列車なので(旅情中国より)、同じ光りを楽しめるかもしれない。


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南疆線

つぎに、建設中の路線の話題を2つ。ひとつは、トルファンを起点にコルラ、クチャ、カシュガル、ホータンを結ぶ南疆線。かつてNHKのシルクロードシリーズに登場して話題になった鉄道だ。11カ所のΩカーブと4カ所のループ線を駆使して天山山脈を越える山岳鉄道は、いかにも秘境線の趣きであり、それを目当てにしたと思しき旅人を検索して探すのも容易だ。

以前は、旅客列車は上下各2本のみというローカル線だったが、今は上下各7本と大幅に増えたのに加えて貨物列車の本数も多くパンクが近いという。そこで複線化計画が持ち上がり、目下工事最盛期で来年の開通を目標にしているとか。

この工事をGoogle Mapで調べてみると、トルファンから焉耆へ至るルートの後半部分が丸々新線として建設されている。沢山のループ線、Ωカーブで苦労して越えた山脈を10kmを超えるトンネルで一気に抜けようというもの。Google Map上での計測だが、新ルートの完成によって100km余りの短縮になるというのも大きな数字。

鉄道ファンが楽しみにしている区間がそっくり別ルートになることになるが、Google Mapで見る限り、現行線は地形的にも地質的にも厳しい場所を走っており、新線の開通とともにその大半が廃線になるのではないかと予想できる。取材車を荷台に積んでトンネルを抜けた映像を思い出すが、天山の山懐を抜けるルートの余命はあと一年しかないのだろうか。


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蘭新線第2期複線化

これは、全長1776kmにおよぶ蘭州とウルムチを結ぶ新幹線建設という話し。

蘭新鉄道第2期複線化工事が着工 所要時間ぐんと短縮(人民網 日本語版)

そんな途方もない線がいつ開通するものかと思ったが、Google Mapを眺めるとほぼ全線に渡って着々と建設が進む鉄路を確認できる(Google Map)。

この線と現行線との大きな違いは、現行線が蘭州から武威を経て張掖へ抜けるのに対して、新線が蘭州から西寧経由で張掖へ抜けること。西寧と張掖の間には最高所4800mに達する祁連山脈が横たわる。この山脈のどこを抜けているのかを見たのが以下の地図。ほぼ国道に沿うルートのようだが、どのような風景が広がっているだろう。


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烏鞘嶺越え

最後に、新線への切り替えを終えてしまった峠越えをひとつ。蘭州から武威へ抜けるルートも西寧張掖間ほどではないとはいえ、祁連山脈の東端の峠を越えている。古代隊商路だった時代から難所として知られた所だが、自分が通り抜けた20年前はまだ残っていたSL牽引の列車が喘ぎながら登るルートだった。

中国一長い鉄道トンネル開通(旅情中国)

もう6年も前のニュースだが、当時中国一だというトンネルは20kmに達するそうだ。SLが通った細道が長大トンネルで複線電化されただけでも驚きなのに、さらにもう一本新線(蘭新線第二複線)が造られているというのだから凄い。


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2009年8月18日

カラコルムとGoogle Map

 最近気がついたばかりでいつ頃更新されたのか不明だが、モンゴルにおけるGoogleMapの航空写真が何カ所か解像度の高いものに更新されていた。その内のひとつがモンゴル帝国の首都があったカラコルム周辺で、ひとつにチンギス=カンの祭祀遺跡として話題になったアウラガ遺跡周辺が含まれていた。

 早速ということで、白石典之氏の著作を手がかりに眺めてみた。カラコルムは、隣接のエルデネ=ゾーが鮮明に観察されるほか、城壁の概形、万安宮の基壇、東門や大まかな街路まで見て取れる。アウラガ遺跡は、東西の建物群、北側の大型建物、その北側につづく土塁なども見て取れる。

 広大なモンゴルの中でこの二点が選ばれて更新されていることは、考古や歴史についても配慮されているということだろうか。


 カラコルム

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 アウラガ遺跡

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<参考>
 世界の考古学19 チンギス=カンの考古学(白石典之/同成社 2001年)
 チンギス=カン(白石典之著/中央公論新社 2006年)

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2008年8月12日

南オセチアをGoogle Mapで見る

ロシア大統領、グルジアへの軍事作戦停止を指示
(AFP 8月12日 19:13)

 ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は12日、グルジアに対する軍事作戦の停止を決定したと発表した。
 10日にグルジア軍が南オセチアの州都ツヒンバリからの撤退を始めてから丸二日、今度こそ収束に向かうだろうか。この間、ロシア軍はトビリシ近郊を空爆、黒海の封鎖を実施したほか、グリジア領内、ツヒンバリに近いゴリ、黒海沿岸のポチ、西部のグルジア軍基地があるセナキ、アブハジアに境する街ズグディディへ侵攻したと伝えられている。

ロシア軍、グルジア海軍艦艇を撃沈 空港への空爆も
(AFP 8月11日 06:43)
露、グルジアの4都市に侵攻、首都攻防の懸念
(産経新聞 8月12日 10:58)
ロシア軍「セナキを撤退」 アブハジアでは掃討作戦
(朝日新聞 8月12日13:26)

<Google Map>グルジア-ロシア紛争関係


 ところで、一昨日のエントリ−を整理していて気になったのが南オセチア州と州都ツヒンバリを巡る地理的なこと。地図をただ見ていてもぼんやりとしか見えてこなかったが、家一軒一軒が確認できるという威力なのか、Google Mapの航空写真を見ていると、かなり具体的な現地を見ることができるので、そこに地図にはない実物感を感じ取っている。細かく調べ始めると、すぐに解像度、撮影時期が不明なこと、現地を全く知らないこと、ほぼ真上からしか見えないことなど、限界もまた実感できるのだが。それでもじっくりと読み解くと、世界地図帳からの空想では限りなく不可能なものを見ることが出来るように思う。


 まず、州都ツヒンバリについて。州内での州都の位置関係については、ウィキペディアの南オセチア紛争 (2008年)に添えられている地図を見るのが手っ取り早い。州都「Tskhinvali」は、州域の南よりにあり、すぐ南に州境があるのがわかる。この地図を頭に置きながらをGoogle Map見てみる。


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 ほぼ中央に州都ツヒンバリがある。上に見える白い山々がカフカス山脈。真ん中下寄りに左から右へ川(クラ川)が流れていて、これを底辺した三角形が見えないだろうか。この三角形がツヒンバリを含む盆地の形そのものだ。ツヒンバリは三角形の上の頂点に近いところにある青色の点。ここでひとつ言えることだが、南オセチア州の南にある州都が盆地の北端近くにあるのだから、南オセチア州北側の過半が山岳地帯ということになる。その位置にどんな歴史的経緯があり、意味があるのか全く知らないのでその点は放置する。カフカスを北へ越えればロシアである。

 次に上のニュースにも出て来る、ロシア軍が攻めたというゴリが下の方に見えている。川沿いに二つあるピンク色の点の右側がそうだ。ゴリは、ツヒンバリから流れてくるクラ川の支流が合流する場所にあ。Google Mapで距離を測ってみると30kmほど。拡大して川沿いにゴリからツヒンバリへ向かうと、緑に包まれた村と田園が交互に続く。自分は、奇麗な田園風景だと思った。この僅かな距離と緑の風景の中で、ここ数日の紛争が続いていたはずである。

 このくらいの航空写真では、詳しくないと軍用車両が見分けられるわけもなく、よくよく見た所で緑の田園風景にしか見えない。ただ、地図よりは実物感があるということ、それが手軽に見られるということが、毎度のことながら凄いことと思う。


 あと、細かい話をもう少し。この航空写真がいつ撮られたものかということは分からないが、南オセチアの独立運動が始まるよりも前ということはないだろう。根拠はないのだが、古くても5年内外だろうと想定している。その点では、ツヒンバリとゴリの間に係争に関わるもの、具体的にフェンスやバリケードの様ないかにも国境というものがあるのかと思った。しかし、少なくとも線ととして長く続く固定的なものは読み取れなかった。

 南側からツヒンバリに入る道を追ってみると、なんとなく街に入る手前あたりで道の質が落ちているように見えるので、結果的にか実態としてかはわからないが、南北の行き来に障害があることが想像できる。


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 これは、クラ川支流の東側を南北に走る道がツヒンバリの市街へ入る手前のところ。土嚢かなにかが並べられているように見えるが、どうだろうか。



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 この写真真ん中は、ゴリから続く鉄道の終点にある駅、勝手に名前をつければツヒンバリ駅である。この水色?の屋根の大きな建物は駅舎だろうか。回りを見ると、構内の広い駅なのに客車も貨車も機関車も見当たらない。線路はあるように見えるが、南へ追って行くとやがて薮の中にほとんど隠れてしまう。もう少し南へ行くと、途中から線路がはっきり見えて来る。グルジア側ではそれなりに線路の保守が行われているのだろう。ただ、列車が走っているかどうかは分からない。



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 次は、ツヒンバリの北西、山の中に伸びる道。道の法面がまだ白いことから、10年内外に造られた、あるいは大幅に改良された道ではないかと想像する。この道を北へと追って行くとやがて川沿いの道へと繋がり、その道をさらに上流へ行くとロシアとの国境近くまで続く。解像度が悪いこともあって峠は正確にはわからないが、わりと整備されたロシアからの支援道路とみて間違いないだろう。

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2008年8月 5日

Google Map ストリートビュー

 既にあちこちで話題になっているGoogle Mapの新しい機能、ストリートビュー。地図と現地写真がそこそこの精度でリンクされているというのは、考えればいろいろと使い道がありそうだ。ただし、場所により精度にばらつきがあること、撮影された日時が保証されないこと、解像度にそれほど高くない限界があること、そもそも撮影されている場所が限定されていることなど、まだまだ使い道が限定される要因は多い。


 とりあえず手っ取り早く、京都、幕末の大河ドラマといえば、重要な舞台のひとつ蛤御門を見てみる。場所が分かればこんな具合。

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 下の写真は、今年3月の記事、信長時代の二条御所に添えたもの。

 同じ場所をGoogle Mapで見ると以下の様。同じ場所だとは分かるが、この大きさだと文字までは読めない。

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 それから、この写真っていつ頃撮られたものなの・・・ということだが、細かくは一つひとつ検証してみないと何とも言えないが、京都市内について見るとわりと今年の上半期に撮ったものが多いように見える。たとえば、四条大橋を見ると、既に川床が組まれている。回りを見ると組み上げ中のものがあり、最近改装された店がまだ改装中というのもあるので、今年の5月の連休明けというのが分かる。


 このくらいの精度であれば、現地に写真を撮りに行く価値は十分にあると思うので、暑さが終わる頃になったらまたあちこちと出かけようかと思う。

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2008年7月 4日

天山北麓の故城跡

 国立民族学博物館の研究報告別冊20号ユーラシア遊牧社会の歴史と現在は、600頁を越す分厚い報告書で林俊雄氏、佐々木四郎氏、梅村坦氏等の論文が集録されている。この中に堀直先生の天山北麓の故城跡があり、現地で入手した地誌や研究書と自身の現地調査に基づく故城のリストが掲載されている。新疆ウイグル自治区の東は伊吾県から西は昭蘇県に至まで、イリ河流域を含む天山山脈北麓121か所の城跡の位置、緯度経度、大きさ、年代比定などのデータが載っている。

 それではということで、Google Mapで確認できたものを天山北麓の故城跡一覧にプロットしてみた。位置情報を元に、大きさや形などがそれと確認できたもの、あるいはそれらしいと思われるものは全部で21件だった。予想以上に苦戦したのは、Google Mapの写真の解像度の問題の他に、元資料の精度の問題、都市化による破壊と市街地へ埋没、農地化による破壊などがあった。ウルムチ周辺は都市化で全く確認不能。ウルムチの西、昌吉市から博楽市にかけては農地化したものが多かった。以下、探し当てたものに少しコメント。



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 艾斯克協海尓故城
 リストの2番目に載る100m四方ほどの正方形の城跡。2番目でこれだけ奇麗なものが見つかったので、全体でかなり見つかるかと期待してしまった。



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 巴里坤県漢城
 リストに載っている清代の県城跡で確認できたのは、奇台県の老満城遺跡巴里坤カザフ自治県の満城と漢城のみ。写真は、巴里坤県漢城の西門と思われるが、擁城の形がはっきり残る。北壁、西壁、南壁も連続して2kmほどがはっきり確認できる。



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 油庫故城
 リストには、北420m、東800m、南480m、西580mとある。不定形の城壁のうち、北から西へかけて900mあまりがきれいに残る。



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 波馬故城
 カザフスタンとの国境まで2kmという田園の中に、奇麗な方形と南北の門跡が確認できる。

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2008年6月22日

ゲルが広がる風景

 昨日のエントリーで、GoogleMapでシネウス遺跡を探していた時に、写真に遊牧の民に家ゲルや家畜の群と思われるものまで写っているのを見て少し驚いた。

 (以下については、記事作成当日のGoogle Mapの航空写真を見ながら作成しています。Google Mapのデータが更新されると、内容と食い違いようになると思います。)


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 これが最初に見つけた写真。倒れた細長い石碑・・・にしては大きい。左の白い長方形の長辺が、GoogleMapに添えられたメジャーで計って10m前後ある。よく見ると、右には丸いのがひとつ。これは直径5mほどだ。ああ、ゲルなのか・・・という感じだった。そう思って周りを見る。写真右下のところ、茶色い四角を見て、おっ遺跡か・・・と見てしまうが、土か石を積み上げて作った家畜を入れるための囲いじゃないだろうか。



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 上の写真だと、季節のせいなのか写真のせいなのか一面に茶色い沙漠のようだ。少し引いてみたのがこの写真。ゲルがある場所が、川が流れる水に恵まれた場所なのが分かる。夏には一面緑の草原になるのだろう。



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 なるほど!・・・と思って川沿いを探すと、ゲルがいくつも点在している。この写真、真ん中下あたりの小さな点は羊や山羊の群だろうか。真ん中少し上にゲルが見える。その上にいろんな色のものが並んでいる。これはひょっとして固定の建物だろうか。ここら辺をあちこち見ると、丸いゲルの横に四角い家と思しきものが並んでいることが多い。移動用のゲルと固定家屋(倉庫?)を両方持つことが、ここら辺には多いということだろうか。


 今まで時々Google Mapでモンゴルの遺跡探しをしていたが、ゲルに気がついたのは初めて。そう思ってあちこち見てみたが、沢山写っているわけではないが、ここだけというわけでもないという感じ。モンゴルでは、写真の倍率が高いとこがそもそも限られているというのもあるし、倍率が高くても雪景色というところも結構ある。


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 これは、ウランバートルの北、オルホン川の支流沿いに点在するゲル。下の川の中に家畜の群がいるように見える。

 遊牧の人々の生活を覗き見るというと聞こえが悪いが、居ながらにして垣間見られるのはなかなか興味深い。とはいえ、やっぱり一度は本物を見に行かなければならない・・・とは思うんだけど。

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2008年3月20日

Google Sky

 「Google Sky」のウェブバージョンが登場(Astro Arts)

 閑話休題。最近ウェブでも見られるようになったGoogle Sky。息抜きになかなか良い。ひとつひとつ解説が付けられると面白いのだが、そこまで詳しくないので、見ていて楽しいのを適当にならべてみる。昴は、自分には理科の教科書の奇麗な表紙写真の印象がいまだに強いが、残念ながらGoogle Skyではそれほど美しくない。かわりと言ったら失礼だが、M39がかなり奇麗だ。

 いつもながら、手軽に見れてしまうことに驚く。写りの善し悪しはそれぞれにあるが、ソンブレロ銀河などは手元にある大きめの写真を載せた雑誌と同じくらい奇麗に見える。

 筆頭に紹介したM1 かに星雲は、11世紀中頃に観測された超新星の残骸で、当時昼間でも見える程に明るくて中国や日本の文献にも記録されたという、歴史的な星雲である。M78はおまけ、いわゆるウルトラの星。


M1 かに星雲

M57 リング状星雲

馬頭星雲

M42 オリオン大星雲

M20 三裂星雲


M31 アンドロメダ銀河

M51 子持ち銀河

M104 ソンブレロ銀河


M44 プレセベ

M45 プレアデス星団(昴)

M39


M78

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2008年1月12日

何度目かのGoogle Mapで中国

 GoogleMapで見られる航空写真は、ここで既にいくども採り上げてきた話ではあるが、今でも初めて見る所についての驚きや新鮮さは変わらない。解像度の低い写真が使われているところがまだまだ多く、特定の場所を探してがっかりすることもしばしばだが。

 日本国内についは、県庁所在地など解像度の高い写真を使っているところが最初に比べて増えたとはいえ、最近更新がなされていないように思う。中国では、最近高解像度の写真に切り替えた場所が増えた。以前がっかりした場所を中心にいくつか見てみる。

 1990年中国紀行 <洛陽>で紹介した、洛陽の東郊にある白馬寺。門前あたりから境内の様子まではっきりと判る。

 敦煌の南郊にある映画『敦煌』のセット。以前はギリギリ範囲外だった。今でも自分が訪れたころとさほど変わらずに維持されているのだろう。

 トルファンは新疆地域でも代表的な観光地なのに、なかなか解像度の高い写真にならなかった。ようやく奇麗な画像で見られるようになったのがかなり嬉しい。1990年中国紀行 <トルファン>で紹介したときには、場所を特定するのに苦労したところばかり。トルファン市街中心部。建設ラッシュの続く今の中国にあっては、市街地の広がりはまだ小さいように思う。写真が少し古いのか、トルファンが時代から取り残されているのか。塔が奇麗に映っている蘇公塔。トルファンで一番好きな場所、交河古城の中心部。前に紹介した時には、微妙にずれていたことが判明したベゼクリク千仏洞も簡単に見つかった。郊外を見ればカレーズの縦穴の列まで奇麗に見える。

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2007年7月20日

閑話休題、再びGoogle Map

 Google Mapで、解像度の高い写真だけがある離島があるということを聞きつけたので、飽きもせずにGoogle Map。

 北硫黄島硫黄島南硫黄島。硫黄三島はこうしてみるとどれも大きな島。

 南鳥島。日本本土から最も遠いが結構大きな島。常駐している人がいるというのが凄い。

 沖ノ鳥島。奇麗な珊瑚礁だが、これは島じゃないなといったらやっぱり怒られるか。左の方に写っていのはどこの船だろう。

 沖大東島。白く見えているのは燐鉱石とか。


 国内で面白そうなのはこのくらいか。おまけは日本と縁の深いオングル島。意外と小さな島だ。

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2007年7月10日

7つの驚き と Google Map

 「世界の七不思議」に清水寺選ばれず(スポニチ)
 New Seven Wonders of the World announced(telegraph)

 七不思議と書かれると、謎!、未解明なものと読んでしまうので、べつに万里の長城は謎ではないぞと突っ込みをいれてしまいそうだ。訳の問題だったのかな、勉強になりました。7つの驚き、驚異だとだいぶニュアンスが違ってくるように思う。奇跡だとちょっと謎に近いか?自分の日本語感覚が正しいのかどうか、英語は多分もっと怪しい。


 先日のインカ・マヤとひとつ重なるが、7つをGoogle Mapで並べてみる。

万里の長城(中国)
 万里の長城といえばまず八逹嶺だが、趣向を変えて西端の嘉峪関。長城は関を越えて、南の北大河にぶつかるまで続いている。

タージマハル(インド)
 少し上にスクロールすると、ヤムナー川の対岸にタージマハルと対象に作られる予定だったというシャー・ジャハーンの廟の跡が見える。

マチュピチュ(ペルー)
 周囲を見ると、段々畑の跡が結構点々としている。

チチェンイツァのピラミッド(メキシコ)
 残念ながら解像度が低くピラミッドは判読できないが、位置的にはここでいいらしい。

リオデジャネイロのキリスト像(ブラジル)
 時々映像になるので絵的には馴染みがあるのだが、街からそこそこ離れているのが意外。

ペトラ(ヨルダン)
 中東でパルミラとならぶ名所。それにしても随分山の中だ。

ローマのコロッセオ(イタリア)
 ローマもいつか行ってみたい。


 上記7カ所の中で唯一行ったことがあるタージマハル。芝生の上に寝転がってしばらく眺めていたが飽きることの無い美しさがあった。夕日に赤く染まる白大里石が印象的。


 残念ながら選外となった清水寺


 ところで、あまり詳しくない地図やガイドブックなどを手がかりに、Google Mapでいろんなポイントを探すのは結構骨が折れるので、企画として面白いと思って時々並べてきた。しかしWikipediaの英語版の地図リンクが充実していることがわかったので、Google Map中心の話はそろそろ打ち止めかと思う。ただ、英語版らしくアジアは弱いようなので(例えばカラコルムの位置、 Wikipedia英語版のリンク正しい位置)まだいけるか?


 以下のようにたどると、英語の綴りが分からなくてもWikipediaからGoogle Mapにたどり着けます。
(例)ストーンヘンジ
Googleで検索日本語版Wikipediaを開く → 左端の欄、他の言語の中からEnglishを選択 → 右上、Coordinatesの右の緯度経度をクリック → Global systemsのリスト一番上、Google Mapsの左側カッコ内のSatelliteをクリック

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