2009年11月 1日

シュトヘル 2

BCS2799
シュトヘル 2
伊藤悠 著
ISBN978-4-09-182799-9
小学館 2009.11

 金曜日に発売になった新刊を早速買って来た。9話から15話まで、6話分を集録している。2週間前にスピリッツに掲載された15話が集録されていたのにちょっと驚いた。


 ざっと見たところ、連載との違いは見つけられなかった。なので内容についてはこれといったコメントは無い。


 表紙は、サブキャラ筆頭のユルール。左の写真は中表紙のもので、目次のところに

カバーおよび表紙の文字は「祝福(慶喜)」の西夏語表記。
とある。これはユルールの名前を表記したものと思われる。発音はユルールではないので、音写ではなくて意訳による表記ということになる。単なる西夏文字表記ではなく、西夏表記ということだろう。

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2009年10月19日

今週のシュトヘルより「数字」

 今週号掲載分の第15話。ここでも西夏文字が出て来る。主人公がモンゴルの皇子ユルールから西夏文字を教わるシーンがある。まるで、西夏文字の先生から「これは、覚えてますよね」と言われているようだ。


 主人公が、ユルールから教わって地面に棒で書き留めた文字は全部で5文字。全て数詞。主人公から見て、右上、右下、中上、中下、左下の順に「1、2、3、4、5」と書かれている。

 2に当たる文字は、編と旁がつながってしまっている。また、3に当たる文字の編の上も辞書とは少し字形が違っている。これを主人公が不慣れだからと許容するか、あるいは明らかな間違いとするか。単子本が出てのお楽しみということかもしれない。


 ついでに更に細かい突っ込みを。主人公は文字を教わりながら、5文字目として「2」を書いている。手順としては、5文字目は「5」の方が絵になる気もする。とっても細かい突っ込みでした。


 ストーリーの方は、なんとも先の見えない混沌状態。次回掲載は、11月9日発売号とのこと。単行本の第2巻は、来週末30日の発売。

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2009年9月14日

今週のシュトヘルより「名前」

 6月に11話に触れ以来3ヶ月ぶりとなる。月一でゆっくりと連載が続いていて今週号でやっと14話。取り上げられそうな話題の無い小競り合いが一息、今週号では西夏文字がいくつか出て来たのでそれを取り上げる。

 場面は、モンゴルの皇子ユルールが主人公の話を聞きながら亡くなった仲間の名前を西夏文字で書き留めて行くところ。この場面で主人公は、

「わたしの仲間の名前は…この文字が、覚えていてくれるのか。」
とつぶやいた。ここを読んで自分は、映画『敦煌』の中で佐藤浩市演じる趙行徳が仲間の名前を書いて行くシーンを思い出した。もっとも、行徳が使った文字は漢字で彼の仲間は漢人部隊なので、ショトヘルとの共通性は西夏が舞台というだけなのだが。


 さて、この場面では以前の話に登場した屈漢(クイハン)の他に、賀蘭金(ヒンランキ)、乞牟巴(キムパ)の名前が出て来る。さらにユルールに西夏文字を教えたという玉花(イファ)の西夏文字表記も登場する。西夏文字の字典を引いてみると、この4人の名前はなかなか興味深い。

 玉と花の西夏文字は、どちらも西夏文字として「玉あるいは玉壁」、「花あるいは華」という意味を持つ文字。その点だけ考えれば、玉花はタングート系の西夏人、いわば生粋の西夏人と言えるだろうか。

 賀蘭金は、寧夏自治区の区都銀川の西に連なる西夏にとっては聖なる賀蘭山の名前「賀蘭」に、ゴールドの意味の「金」。これも、賀蘭山麓周辺に住み着いたタングート系西夏人の名前と見ておきたい。

 次に乞牟巴。乞には乞という意味は無く、牟と巴はそれぞれの音写文字である。といってもキムパという響きは、漢族の名前とは思えない。チベットっぽい響きに思えるのだが、残念ながらこの名前がチベット系と言える資料も知識も持ち合わせていない。もちろん、韓国語という落ちも無し。とりあえず、漢族でもタングートでもない他の部族出身と推定しておく。

 屈漢は、以前に話題になったように漢系西夏人と見なしておく。


 とりあえず玉花は置いておくとして、主人公の仲間とされる屈漢、賀蘭金、乞牟巴の3人は、名前を読む限りはそれぞれに異なる出自を持っていると想定できる。タングート、漢だけでなく、チベット系やトルコ系、モンゴル系、ソグドなどが混じっていたと思われる西夏について、たった3つながら面白い名前を選んだものと感心している。


 次回は、10月19日発売号に掲載とのこと。また、「10.30 VOL.2」という広告が出ていたので、来月末には単行本の第2巻が発売になる。

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2009年8月29日

西夏陵 1、2、4号陵の開放

 西夏陵一、二、四号陵十一首次开放
(宁夏网 8月28日)

 このニュースによると、西夏時代の陵墓が集まる西夏陵の中にある歴代皇帝陵の内から1、2、4号陵が、10月の国慶節を期に初めて観光客に開放されるとのこと。また、遺跡周辺の地面保護のために限定された周遊ルートになるという。

 現在の西夏陵観光は、付帯された博物館などと3号陵を周遊するというもので、ニュースによれば観光業の発展に伴って入場者数が増えたため、3号陵に人が集中することを憂いて、1、2、4号陵も開放して緩和をはかることにしたという。


 自分が銀川を訪れた2005年の時点でいえば、3号以外の陵墓も完全に閉鎖されていたわけではない。保護の為に周囲をバラ線で囲ってあって直下まで入ることはできないものの、特に1、2号陵は陵墓全体としてはむしろ3号陵よりも残存状態が良く、中まで入らなくてもその迫力のある姿を間近で堪能することが十分にできた。

 2号陵 遠景


 ところで、陵墓群は賀蘭山山麓の荒野に点在していて、3号陵と1、2号陵の間が直線距離で4km余り、4号陵までは2kmほどとかなり離れていて、徒歩での簡易な周遊はほぼ不可能。自分は、3号陵から4号陵まで歩いて往復したが、見学時間を含めてたっぷりと1時間かかった。また1、2号陵については、まともな道路の一番近い所までタクシーで乗り付けてそこから歩いたが、それでも片道1kmを越えるため、見て回って戻るのに1時間近く必要だった。

 恐らくは道路を整備して、当時既に走っていたカートのようなものを走らせるのだろうと思うのだがどうなるだろう。上にも書いたように、1、2号陵は保存状態が相対的に良く、近い距離に二陵が並んでいる姿は西夏陵の象徴的なアングルであり、西夏陵観光の新しい目玉になるかもしれない。


 ニュースに見られるように、遺跡の保護には配慮が見られるようだ。くれぐれも極端に観光客に媚びた出来の悪いテーマパーク化などがなされないよう期待したい。


<参考>
 西夏陵(西夏史への招待)

 西夏陵 周辺

より大きな地図で 西夏陵 を表示

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2009年7月19日

シルクロード 文字を辿って

 先週から9月初めまでの予定で京都国立博物館で開催されている特別展、シルクロード 文字を辿って---ロシア探検隊収集の文物を見に行ってきた。概要は、京都国立博物館のサイト内の特別展覧会の案内にあるように、19世紀から20世紀初頭にかけて、ロシアが東トルキスタンから敦煌、カラホトにかけてを調査、探検した成果として、サンクトペテルブルクのロシア科学アカデミー東洋写本研究所に所蔵されている文物の中から文字資料を並べたというもの。

 カロシュティー文字で書かれたガンダーラ語、ブラフミー系の文字で書かれたサンスクリット語、サカ語、トカラ語、ソグド文字、チベット文字、ウイグル文字、西夏文字、漢文と130点近い資料が並ぶ。また関連として、京都博物館などが所蔵する西魏からモンゴル時代にかけての招来された漢文資料を展示したコーナーもある。


 話としてや様々な書籍の中身として見聞きした物の原典が、沢山見られるという二度あるかどうかという展示である。樺皮文書や貝葉形式という形にしても、コピーなどで見たことはあっても実際に見るのは初めて。おもわず樺の皮であることをじっくりと確認してしまった。

 西夏文字については、カラホトのコーナーで2部屋を使っていて、漢文、チベット文もあるものの大半が西夏文字。朱書きで校正されているような『孝経』の西夏語訳、全長10メーター近い『大般若経』、西夏文字、西夏語を解読する上で重要な資料となってきた『番漢合時掌中珠』『文海』『五音切韻』など十分にボリュームのある内容。強いて言えば、『番漢合時掌中珠』について、いろんなページをもう少し眺めてみたかった。

 文字資料ではないが、19世紀末の東トルキスタンを描いたとペトロフスキーの地図、全幅11メーターを越える敦煌千仏洞全景図の2つが広いスペースを割いて展示されていた。いずれも自分には初めて知ったもので、前者は絵地図ではあるものの関係性が意外に正確で興味深く、後者は長大な敦煌莫高窟が奇麗な線画で描かれていた。


 全体として、貴重な展示であって興味深いには違いないのだが、何文字で何語が書かれているのかというあたりの解説は徹底されていない。とくに文字についてもう少し踏み込んだ解説があっても良いのではないかと思う。西夏文字や漢文はともかくとして、ブラフミー系の文字は、話題としては知っていても文字字典を片手に見比べることでもしないかぎり、「ふーん、そーか」という以上の感想が出てこない。もう少し工夫をしないと、最後にはみんな同じ物に見えてしまわないだろうか?

 もうひとつ余談を。前からソグド文字が縦書きなのか横書きなのか、自分には良くわからなかった。展示に添えられていた資料には横書き文字として紹介されていて、展示物の中にはどちらかというと横書きと見受けられるものがあるものの、敦煌文書中の『鸚鵡のジャータカ』など活字のように奇麗な書体で書かれたものを見ていると、どちらなのかさっぱり分からない。これって一定の見解があるのだろうか?


 特別展に会わせて土曜講座が開催されているが、今日時点で残り3回の内、8月22日以外は既に閉め切られている。。

 特別展の図録を購入。

特別展覧会
シルクロード 文字を辿って
---ロシア探検隊収集の文物
京都国立博物館 2009.7

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2009年7月18日

遼金西夏研究の現在 2

遼金西夏研究の現在(2)
荒川慎太郎、高井康典行、渡辺健哉編
ISBN978-4-86337-031-9
東京外語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 2009.6

 研究所よりご恵贈いただいた。ありがとうございます。

 以下の4編の論文を掲載。いずれも各氏がこれまで続けられて来られた研究の途路における報告とお見受けする。単独としてもいずれも興味深い内容であり、遠からず熟読させて頂く予定。


契丹(遼)の授戒儀と不空密教
 藤原崇人

唐末・五代・宋初の華北東部地域における吐谷渾とソグド系突厥---河北省定州市博物館所蔵の宋代石函の紹介と考察---
 森部豊

金上京路の北辺---アムール川流域の女真城郭
 臼杵勲

契丹国(遼朝)の上京臨潢府故城の占地と遺構復元に関する一考察
 武田和哉

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2009年6月 8日

今週のシュトヘルより「塩田」

 前話が連休前で、ひと月以上開いてようやく11話。今回は、塩州から少し隔てた塩の産地でもある関所のある小さな街での話。


 南を目指す一行が出会った子持ちの西夏人の男は、街の郊外へ出かけて一日何か作業を行い、生成した塩を8樽持ち帰った。当話の真ん中あたりは、その様な描写だったと思う。製塩というと瀬戸内の塩田による海塩、ヨーロッパの大地深くから掘り出される岩塩、アフリカの干上がった塩湖から切り出される塩塊といったところを思い浮かべる。

 話の舞台になる陝西北西部から寧夏東部にかけての地域の製塩は、塩水が原料ということなので塩田ということいなるのだろうか。関所の描写には菜園とも塩田とも見えるものが描かれている。内陸におけるこの種の製塩にはいろんな意味で縁が無いので、なかなか興味深い描写と思う。

 ただし、塩田での製塩には煮詰めるための燃料が必要に思うのだが、関所の周囲は木がほとんどない沙漠として描かれているが、どう解釈したらよいだろう。この地域では、100%天日に依存するには緯度が高すぎるだろう。


 あとは余談を少々。西夏人の子供の名前「羌黒」、フリガナは「チェナ」とある。辞書を引いてみると、チベット系の人々と言われる羌族の人々を指す「羌」に白黒の「黒」を後置した西夏語で間違いないだろう。「羌黒」という単語に意味があるのかどうかは分からない。

 冒頭に添えられた地図に細かい突っ込みを2つ。モンゴル、金、西夏、南宋の境を描いた小さな地図があるが、この境界は金全盛期のものではないか。モンゴルが深く攻め込んでいる物語の頃、金の版図はもっとずっと小さい。

 もう1つはさらに細かい部分。冒頭のもうひとつの地図を見ると、黄河にそった蘭州が西夏の版図として描かれている。蘭州が西夏の領土だったのは、西夏の歴史の中でも初めの頃だけで、金国があった頃は一貫して金の領土だったように記憶している。金がモンゴルに破れるどさくさに西夏が蘭州を取ったことがあったかどうか、検討してみる余地はあるだろうか。


 次回は、3週間後6月29日発売の号に掲載予定とのこと。


 シュトヘル 参考地図
 今号の冒頭の地図に描かれた地名を書き足してあります。


<追記> 
 杜建録氏著の『西夏経済史』によれば、塩州周辺で行われていた製塩は、塩池の水を塩田に張って天日に曝すというもので、夏場に5、6日で産生されたとのこと。ですので、煮詰めるための燃料はいらなかったということのようです。
(6月13日)

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2009年4月13日

西夏語勉強会

 今年2回目となる西夏語勉強会へ参加した。いくつか取り上げられたテキストの内のひとつが、以前某勉強会会長より指摘を頂いた西夏文の仏典断片で、シュトヘルの中にその一部が登場している。単行本の1巻だと、69ページでユルールが左手に持ってしげしげと眺めているもの。マンガでは、4文字だけが焼け残っているという小さな断片だが、実物には64文字が残っている。

 この内、ユルールの親指の右側にある2文字が、5文字からなる1文の最初の2文字。漢字の逐語訳を並べると以下ようになる。

 極楽高賛頌

意訳すると、「極楽について(言葉を尽くして)高らかに褒め讃える」といったところ。次の行より始まる文章のタイトルであるらしい。西夏語への訳の元になったお経がなにかは不明ながら、仏典の一部であるらしい。


 ユルールの親指の左側にある2文字は、この「極楽」についての文章の冒頭で、7文字よりなる一文の最初の2文字。同様に漢字に置き換えると次のようになる。

 我今以帰〔接頭辞〕救我

3文字目が助詞、5文字目は完了を表す動詞接頭辞。意訳すると「私は、今(仏に)帰依したので救済された」となる。最初と最後に「我」が繰り返されるのは、チベット系などの言葉に見られる特徴とのこと。


 以前に、某勉強会会長よりコメントを頂いていたように、ユルールは極楽浄土を称揚する文章の冒頭の部分を握っていたことになる。それで「切ないです」というコメントだったことになるのだが、このシーンにこの断片が挿入されたのは、偶然なのか、それとも意図されたものだろうか。


<参考>
敦煌・西夏王国展 図録
(映画「敦煌」委員会 1988年)

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2009年4月 1日

シュトヘル 1

BCS2529
シュトヘル 1
伊藤悠 著
ISBN978-4-09-182529-2
小学館 2009.4

 昨日発売になったシュトヘルの第1巻。西夏がモンゴルに滅ぼされようとしている時代の西夏文字を巡る物語という、当ブログのためにあるような希少な物語を描いている。ビックコミックスピリッツに不定期で連載中。

 物語の背景では、ある程度事実に近いと思われる歴史を追っているものの、登場人物や語られているエピソードは大半が架空のもの。西夏文字が時々大量に出てくるので、勉強にちょうど良い。


 ざっと見て気になった所を紹介する。連載時と比べて明確に修正されているところはあまり見つからなかったが、興味深いところが一か所あった。それは、以前紹介した玉音同についてのところで、見開きページ(単行本では206ページ)に玉板に記されたという西夏文字が書かれている部分。そこには、連載時との違いで面白いか所が2つある。

 ひとつは、右上端。もともと原稿に書かれていて、連載時には断ち切られてしまったということかもしれないが、そこには縦に5つの西夏文字が書かれている。文字の右半分が切れてしまっているものの、文字詰めが他と異なることから、見出しかなにかと思われた。可能性のありそうな文字を引きながら、字典に引用されている文章に当たった所「重唇音一品」と書かれたものを見つけた。重唇音は、p、ph、b、m音の子音のことで、その左に並んでいる西夏文字がbで始まるものであるので、「重唇音一品」で正しいと思われる。

 もうひとつは、字典に並べられている西夏文字のところどころに小さな丸が書き加えられていること。実際の音同(あるいは同音)の上に書かれた記号を写したものと思われるが、残念ながら該当する音同の部分の文面が解らないので、どういう意味があるのかは解らない。


 カバーとカバーの内側部分に、同じ西夏文字2文字が書かれている。これは、以前紹介した主人公の名前ウイソである。

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2009年3月30日

今週のシュトヘルより「塩州」

 ひと月ぶりの掲載。ストーリーは少しだけ前進といったところ。今週は、イスラム商人の隊商宿がある街として登場する塩州について。

 塩州は、西夏の首都中興府(今の銀川)と西夏東部の重要都市夏州(今の統万城遺跡)、あるいは陝西北部の主要都市延安(北宋、金領)とを結ぶ街道が通る重要拠点で現在の陝西省定辺県とされている。また、その名前に「塩」の字があるとおり、古来より塩の産地としても知られていた。GoogleMapを開くと、塩湖あるいは採塩場と思しきものを定辺周辺に確認することができる。

 西夏建国の前夜、夏州を拠点としていた李継遷が塩州を手に入れたのは、西暦1000年頃と考えられる。塩は交易品として、また戦略物資として重要な意味を持ち、西夏と敵対する宋は、塩州産の塩を禁輸にすることによって経済圧力をかけることも行なったという。


 ストーリーに少し関わる話として上に書いたことを地図上で眺めてみると、塩州は東西あるいは北西と南東を結ぶ街道沿いの街と見てとれる。それを考えると、南へ向かう旅の出発地点として相応しかったかどうか少し疑問が残る。また、作中で「興慶より約80km」とあるが、地図上で計ってみると銀川から定辺まで150km近くある。塩州の中心の街ではなくて、行政区画としての塩州内で興慶よりの辺境の街という見方もできなくわないが、わざわざそうする理由はないように思う。

 それよりも細かいことも気にならなくはないものの、笑って放っておこうかと思う。

 次回はまたひと月後とのこと。これからは月いち連載になるのだろうか。シュトヘルが掲載されていないと、スピリッツを買う気がおきないのだが。


 今日は単行本の第1巻も発売になった。こちらについては、稿を改めて明日報告する予定です。


<Google May Map>
 シュトヘル 参考地図

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